本稿は、日本の「合法ドラッグ/脱法ドラッグ/危険ドラッグ」と、SPICE、CBD、HHCなどのカンナビノイド市場をめぐる先行研究を横断するナラティブレビューである。商品としての流通・表示、使用者の実践、法規制、市場から回収された商品の分析を中心に、異なる分野で蓄積されてきた研究を整理する。急性中毒、依存治療、基礎薬理・毒性学そのものを網羅的に検討するレビューではない。
Contents
はじめに――分散してきた研究を横断して読む
日本の「合法ドラッグ/脱法ドラッグ/危険ドラッグ」をめぐる研究は、一つの学問分野としてまとまって発展してきたわけではない。薬物使用と社会制御を扱う社会学、流通商品を調べる毒性学・薬学、行政による試買・分析、使用者への聞き取り、規制前後の市場変化を追う研究など、異なる問題関心から研究が蓄積されてきた。
1990年代には、佐藤哲彦による覚醒剤使用と社会制御の研究があり、同じ1990年代末には「合法ドラッグ」と称して流通する商品そのものが毒性学・薬学の対象になっていた。2000年代初頭には、マジックマッシュルーム使用者の「合法/ナチュラル/ケミカル」という分類や、5-MeO-DIPT使用者の聞き取りが記録される。2000年代末にはSPICEをはじめとする混合ハーブから合成カンナビノイドが同定され、2010年代には規制前後の成分変化や利用者の薬物移行が研究された。2020年代には、CBD、HHC、THCH、HHCPなどのカンナビノイド商品について、利用目的、電子タバコとの接続、成分表示、パッケージ、オンライン販売、分析結果との一致・不一致が研究対象になっている。
これらの研究は対象も方法も異なる。本稿では、一つの連続した「時代進化」を先に設定するのではなく、それぞれの研究が何を観測し、どこまで明らかにしたのかを整理する。
方法と範囲
本稿は、一定の手順で関連文献を網羅的に収集するシステマティックレビューではなく、主要な研究をたどりながら研究史と論点を整理するナラティブレビューである。2026年9月7日から11日にかけて、PubMed / PMC、J-STAGE、CiNii Research、CiNii Books、大学機関リポジトリ、厚生労働科学研究成果データベース、厚生労働省、EUDA(旧EMCDDA)、国立国会図書館、出版社・書誌情報を検索した。主要なレビュー論文から原著へ、また主要原著から引用文献・被引用文献へとたどる引用追跡も行った。
検索では、複数の概念群を組み合わせた。歴史的呼称・総称として「合法ドラッグ」「脱法ドラッグ」「違法ドラッグ」「危険ドラッグ」「designer drug」「legal high」「new psychoactive substances」、物質・商品群としてマジックマッシュルーム、5-MeO-DIPT、AMT、BZP、亜硝酸エステル、RUSH、SPICE、K2、合成カンナビノイド、カチノン、フェネチルアミン、ピペラジン、CBD、HHC、THC類似体、半合成カンナビノイドなどを用いた。さらに、使用者、エスノグラフィー、ドラッグ文化、コントロール使用、ヘッドショップ、インターネット販売、小売、ブランド、パッケージ、広告、マーケティング、電子タバコ、VAPE、カートリッジ、指定薬物、包括指定、成分分析、混入、誤表示、表示精度、第三者試験、分析証明(COA)などを組み合わせて検索した。
新規精神作用物質(new psychoactive substances: NPS)は、国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime [UNODC], n.d.)では、1961年の麻薬に関する単一条約または1971年の向精神薬に関する条約で国際統制されていない一方、公衆衛生上の脅威となりうる乱用物質と定義されている。ここでいう「new」は、化学的に新しく発明されたことを必ずしも意味せず、市場に新たに現れた物質も含む。各国の国内法上の規制状態は別に考える必要がある。
単行本についても、阿部和穂『危険ドラッグ大全[増補版]』(2021)、正高佑志『お医者さんがする大麻とCBDの話』(2021)、森鷹久『脱法ドラッグの罠』(2014)などを確認した。単行本、査読論文、公的研究、行政資料は資料の性格が異なるため、本稿では同列の証拠として扱わず、それぞれの用途を区別した。
本稿は文献の完全な網羅を保証するものではない。とくに古い紀要、学位論文、学会要旨、未索引資料、単行本にはなお取りこぼしがありうる。また、本稿の中心は商品・流通・使用・規制・分析の関係であり、危険ドラッグによる救急搬送、急性中毒、死亡、治療、個々の物質の基礎薬理・毒性学の研究を包括的にレビューするものではない。
1. 薬物使用と社会的定義をめぐる研究
日本の薬物研究には、薬理作用や乱用実態だけでなく、「薬物問題」が社会の中でどのように成立するかを問う研究がある。
佐藤(1996)は、戦後のヒロポンを例に、継続使用が「犯罪」と「疾病」の双方として制度化されていく過程を分析した。医学界による中毒概念の形成、医師による規制要求、警察による犯罪との関連づけ、行政・法制度による制度化を追い、メタンフェタミンという化学物質の作用と、それが犯罪・病理として社会的に定義される過程を区別している。
佐藤(1999)の論文タイトルは「ドラッグ使用者研究の系譜について――『依存者』研究から『コントロール使用者』研究へ」であり、本文でも「コントロール使用者(controlled user)」という語が使われている。これは、薬物に一方的に「コントロールされる」依存者という像だけでは捉えられない、薬物使用を一定程度自ら管理しながら日常生活を続ける使用者を対象とする研究系列を指す。佐藤(2000)は、インタビューや参与観察にもとづき、こうした「コントロール使用」の実践を具体的に検討した。これらの議論は後の『ドラッグの社会学』(佐藤, 2008)へつながっている。
大麻については、山本(2021)が日米の規制史、社会運動、使用者の生活、合法化をめぐる政治を広く扱っている。生田(2024)は国内の市中大麻使用者18名へのインタビューを通じ、「医療」と「嗜好」という二分法だけでは実際の使用実践を十分に記述できないことを論じた。
これらは「合法ドラッグ」やSPICEそのものを直接扱った研究ではない。しかし、薬物を化学物質だけでなく、使用実践、社会的カテゴリー、政策、規制、文化的意味づけが重なる対象として扱う研究系列として、本稿の対象領域に隣接している。
2. 「合法ドラッグ」を商品・流通から捉えた初期研究
毒性学・薬学の領域では、1990年代末には「合法ドラッグ」と称する商品自体が研究対象になっていた。
関田・井上(1999)は、「合法ドラッグ」と称して流通する商品を薬物乱用の文脈から取り上げた。ここで対象となるのは、単一の化学物質だけではなく、「合法」と説明され、何らかの精神作用を期待させる形で販売される商品である。
上村(2002)は、東京都内の繁華街、雑誌広告、インターネット上で「合法ドラッグ」と称する商品が多数流通し、一般の人でも容易に入手できる状況を報告した。同時に、「合法」と称していても、実際には当時の薬事法や毒物及び劇物取締法に抵触する商品が存在したことを指摘している。
この時点ですでに、販売時の「合法」という説明、法制度上の扱い、実際に含まれる成分が一致しない場合があることが研究上の問題になっていた。
3. 使用者による「合法/ナチュラル/ケミカル」という分類
薬物を分類するのは行政や研究者だけではない。使用者自身も、経験や周囲の語りを通じて、物質を分類し意味づける。
白松(2004)は、マジックマッシュルーム使用者のフィールドワークから、使用者がマジックマッシュルームを「合法」「ナチュラル」と位置づけ、「ドラッグ」カテゴリーから外そうとする実践を記述した。論文では、使用者が「合法」「ナチュラル」というカテゴリーを用いてマジックマッシュルームを非ドラッグとして分類し、「ナチュラル/ケミカル」という対比をローカルな知識として用いていたことが示されている。また、公的な「ドラッグ」言説を単に拒否するのではなく、その危険性の語りを「ケミカル」側へ配置することで、自分たちの経験を整理する様子も描かれている。
白松(2009)は、マジックマッシュルーム経験者への追跡調査を素材に、調査者が対象に抱く「逸脱イメージ」を単なる汚染・バイアスとして排除するのではなく、解釈の資源として利用しながら、調査者と対象者の相互行為を通じて意味が構築される過程を記述する方法を論じた。本稿では、この方法論的注意に従い、「合法/ナチュラル/ケミカル」という分類を日本の薬物使用者一般の固定属性とはみなさず、白松が調査した集団の相互行為の中で用いられた分類として扱う。
同時期には、異なる使用文脈も記録されている。和田(2004)は、MDMA使用経験者6例、5-MeO-DIPT使用経験者15例に聞き取りを行った。5-MeO-DIPTの記録には、インターネットを介した入手、性的場面での使用、アルキルナイトライトとの併用などが含まれる。ただし、研究者自身が例数の少なさを理由に積極的な解釈・論評を避けている。したがって、この調査は当時の利用者人口の割合を示すものではなく、特定の使用場面や入手経路が存在したことを示す質的資料として読む必要がある。
4. SPICEと合成カンナビノイド――商品表示と実成分のずれ
2000年代末に注目されたSPICEは、商品としての外観・表示と実際の化学組成が一致しないことを明瞭に示した。
Auwärter et al. (2009) は、「お香(incense)」として表示・販売されていた混合ハーブのSPICE製品を分析し、合成カンナビノイドを同定した。SPICE類似商品は「お香」や「人の摂取用ではない」と表示されながら、実際には喫煙され、大麻に似た作用を期待して利用されていたことが当時の研究で報告されている(Auwärter et al., 2009; Dresen et al., 2010)。
日本ではUchiyama et al. (2010) が違法ドラッグ市場で流通していた46種類の混合ハーブ製品を分析し、44種類、すなわち約95.7%から合成カンナビノイドを検出した。カンナビシクロヘキサノール(cannabicyclohexanol)は1.1–16.9 mg/g、JWH-018は2.0–35.9 mg/gで、製品間の含有量のばらつきも大きかった。
Ogata et al. (2013) は、日本で流通していた62種類のSPICE類似製品について植物DNAを解析した。多くの製品で、パッケージに表示された植物種と実際に同定された植物種が一致せず、表示されていなかった Cannabis sativa、Salvia divinorum、Mitragyna speciosa のDNAが検出された製品もあった。著者らは、検出された植物材料の多くについて、精神作用の主体というより、合成化合物を担持・希釈する材料として使われた可能性を指摘している。
製品組成は時間的にも変化した。Dresen et al. (2010) は2008–2009年に140を超える混合ハーブ製品を継続的に分析し、製品中の成分が繰り返し変更されることを報告した。Lindigkeit et al. (2009) はドイツで規制前後の製品を比較し、規制前に検出されたJWH-018が規制後の一部製品では検出されなくなり、代わって当時未規制だったJWH-073が5.8–22.9 mg/gで検出されたと報告している。
使用者側では、Winstock and Barratt (2013) が2011年の国際オンライン調査14,966名を分析し、2,513名(17%)が合成大麻の使用経験を報告した。直近1年の合成大麻使用者975名の99%が天然大麻の使用経験を持ち、93%が合成大麻より天然大麻を好むと回答した。この調査は国際標本であり、日本の利用者集団の分布を示すものではないが、SPICE/合成大麻市場と天然大麻使用経験が海外の利用者層で大きく重なっていたことを示している。
5. 規制と市場変化――成分、販売者、利用者を分ける
日本では2006年の薬事法改正によって「指定薬物」制度が創設され、2007年から施行された。その後、個別指定に加えて、化学構造を一定の範囲でまとめて指定する包括指定も導入された。
Kikura-Hanajiri et al. (2011) は、日本で流通する精神作用物質を長期的に追跡し、指定薬物制度導入前後に、トリプタミン系の減少、カチノン系・フェネチルアミン系・ピペラジン系の増加がみられ、2008年以降には合成カンナビノイドを含む混合ハーブ製品が現れたと整理している。
Kikura-Hanajiri et al. (2014) は、2013年3月のナフトイルインドール型合成カンナビノイドに対する包括指定の前後を比較した。2012年末からナフトイルインドール型は徐々に減少し、包括指定後にはシクロプロピルメタノン型、カルボキサミド型、アダマントイルインドール型、キノリニルカルボキシレート型などへほぼ置き換わり、指定対象のナフトイルインドール型は製品からほとんど検出されなくなった。
この前後比較は、規制と市場で検出される構造クラスの変化が時間的に対応していたことを示す。一方、この結果だけから、規制が個々の新物質の発明や製造を直接「生み出した」とまでは言えない。製造、供給、在庫、価格、販売者の選択など、複数の過程が介在しうるためである。
規制後の変化には、少なくとも複数の水準がある。化学物質の置換は、同じような商品枠に別の活性成分が入る変化である。Kikura-Hanajiri et al. (2014) やLindigkeit et al. (2009) は、この水準を分析化学によって観測している。
販売者の適応については、正高ら(2024)がTHCH規制後の事業者を調査した。THCH販売事業に責任者として関与していた51名のうち、41名(80.4%)が調査時点ですでに後継成分を扱い、3名(5.9%)が今後扱う予定と回答した。ただし、回答者は筆頭著者のXアカウントを通じて募集された自己選択型の標本であり、日本の関連事業者全体に86.3%という割合を外挿することはできない。
利用者の薬物移行については、Tanibuchi et al. (2018) が全国精神科病院調査を用いて検討している。2,262名の対象者のうち399名にNPS使用経験があり、そのうち71名が主要薬物を別の薬物へ変更していた。移行先は覚醒剤35.2%、睡眠薬・抗不安薬15.5%、大麻14.1%などで、53.3%は「NPSが入手できなくなった」ことを変更理由として挙げた。対象は精神科医療につながった患者集団であり、日本のNPS利用者一般を代表するものではない。
このように、規制後の変化を論じる際には、製品中の化学成分の変化、販売者の取扱商品の変化、利用者の薬物選択の変化を区別する必要がある。
6. CBD――セルフケア、電子タバコ、商品表示
CBDを対象とする日本の研究では、危険ドラッグ研究とは異なる利用目的と商品形態が観察される一方、電子タバコを介した利用も確認されている。
正高ら(2022)は、2021年にSNSを通じてCBD使用経験者を募集し、1,351名の回答から799名を解析した。使用目的では、リラクゼーション77.8%、睡眠改善66.3%、不安56.2%、健康増進50.8%、抑うつ47.8%、嗜好目的35.9%が報告された。使用経験のある製品形態では、電子タバコが499名(62.5%)で最も多く、オイル476名(59.6%)、塗布製品274名(34.3%)、食品・飲料272名(34.0%)が続いた。SNSを通じた自己選択型の調査であり、一般人口のCBD使用率を示すものではないが、健康・セルフケアに関する目的と、電子タバコや嗜好目的が同一の調査標本内に存在していたことが分かる。
Koyama et al. (2022) は、日本の電子タバコ利用者4,689名を対象にオンライン調査を行った。同論文ではCBD 8.62%、THC 0.19%という数値が示されているが、これは日本人全体のCBD・THC使用率ではない。電子タバコ利用者に対する複数回答のフレーバー/内容物に関する設問でCBDまたはTHCを選択した回答者の割合である。調査は電子タバコ利用者・小売ネットワークを介して募集され、回答者の93.5%が男性だった。
商品表示の正確性も研究されている。Takashina et al. (2020) は、日本市場のCBD関連6製品をLC-MS/MSで分析し、表示内容と実測値の不一致を報告した。国際的には、Bonn-Miller et al. (2017) がオンライン販売されていた84のCBD製品について表示CBD量と実測値を比較した。Gidal et al. (2024) は米国市場の202製品を分析し、149製品(74%)が表示されたCBD量から10%以上外れており、フルスペクトラム、ブロードスペクトラム、アイソレートという製品タイプの表示についても26%が研究上の定義と一致しなかったと報告している。
CBDをめぐる研究からは、成分名、含有量、製品タイプ、剤形などが消費者に提示される一方、それらの表示と分析された実成分が常に一致するわけではないことが分かる。
7. HHCと半合成カンナビノイド――古い化学と新しい流通
HHCは2020年代に初めて合成された化合物ではない。Ujváry (2024) の包括的レビューによれば、HHCの化学研究は約80年前まで遡る。近年の特徴は、工業用ヘンプ由来のCBDなどを原料に化学変換して製造される半合成カンナビノイドが、嗜好用商品として市場に流通するようになった点にある。UjváryはHHCが近年の嗜好用市場に現れた時期を2021年としている。
欧州ではEuropean Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction (EMCDDA, 2023) がHHCと関連物質を技術報告として整理し、CBDなどから化学変換によって製造される半合成カンナビノイドとして監視対象化した。Christie et al. (2026) も、欧州を中心とする半合成カンナビノイドの出現、分析上の課題、規制・監視上の対応をレビューしている。
日本ではTanaka and Kikura-Hanajiri (2024) が、HHCおよびHHCPをうたう電子タバコ用カートリッジ2製品を分析し、HHCの2種類の立体異性体(11β-HHC/11α-HHC)、dihydro-iso-THC、HHCPの2種類の立体異性体(11β-HHCP/11α-HHCP)を同定した。分析された組成から、CBDからTHCを経由する合成過程に由来する可能性も論じられている。
一方、分子名が商品に表示されていることは、表示と実成分の一致を意味しない。Watanabe et al. (2025) は、「60% HHCPM」「80% 10-OH-HHC」と表示された市販の電子タバコ用液体2製品を分析したが、いずれからも表示された化合物を検出しなかった。製品AからはΔ9-THCH-Oなどが同定され、製品Bからも別のカンナビノイド候補が検出された。著者らは、商品ラベルをそのまま信頼できないことと、市販商品の継続監視の必要性を指摘している。
また、分子名で化学物質を販売する市場自体はHHC以前にも存在した。Ginsburg et al. (2012) は、オンライン販売者3社からJWH-018とJWH-073を分子名で購入し、標準品と比較して純度を測定した。研究用化学物質としてバルク販売される市場と、HHC・CBDなどの一般消費者向け完成商品市場は区別して考える必要がある。
8. ブランド、パッケージ、オンライン販売、分析証明
NPS研究では、化学分析だけでなく、ブランド、パッケージ、販売文句、オンライン流通も研究対象になってきた。
Corazza et al. (2014) は、学術データベースの検索と、ウェブサイト、オンラインショップ、掲示板、フォーラム、SNS、メディア情報の多言語モニタリングを組み合わせ、NPSのオンライン販売戦略をレビューした。値引きや期間限定セール、新しいブランド名や広告、販売者数の増加、新しいウェブ販売基盤、匿名性・プライバシーを高める仕組みなどが確認され、とくに若年層を引きつける名称や広告が用いられていることを指摘した。著者らは、変化の速いNPS市場を把握するために継続的なウェブ監視が重要だと論じている。
電子タバコ向けの合成カンナビノイド受容体作動薬(synthetic cannabinoid receptor agonists: SCRA)市場について、Gould et al. (2024) は2022年10月から2023年1月に英国からアクセス可能な表層ウェブを調査し、62サイト、128ブランド、1,225件の商品掲載を確認した。1,220件(99.6%)はボトル入りの電子タバコ用液体で、具体的なSCRA化合物名を表示していたのは58件(4.7%)だった。また、28サイト(45%)が商品を「合法」と説明し、41サイト(66%)が「人への使用を目的としない」と表示していた。著者らは、商品が容易に入手できる一方、安全性や合法性に関する情報は不足または誤解を招く場合があると結論している。
米国のΔ8-THC商品を調べたKaczor et al. (2024) は20製品を購入し、パッケージ表示と独立分析を比較した。12製品(60%)にQRコード、6製品(30%)に「分析試験済み」の表示があったが、商品上のバッチ/ID番号と一致する商業分析報告へ到達できたのは3製品だった。19製品(95%)からΔ8-THCが検出され、7製品(35%)からはΔ9-THCも検出された。QRコードや「分析済み」という表示が存在しても、ロットに対応した分析結果を消費者が検証できるとは限らないことが示されている。
LoParco et al. (2023) のΔ8-THCに関するスコーピングレビューは、103件の文献・資料を、合法性、利用実態、合成・副生成物・分析試験、販売・価格・パッケージ、若年層向けマーケティングなどの主題に整理している。
この研究群から、NPSやカンナビノイド商品を理解するうえで、商品名、パッケージ、販売チャネル、合法性の説明、分析証明への導線が、化学成分そのものとは別の研究対象になることが分かる。
9. 研究を横断して整理する三つの同一性
ここまでの先行研究は、同じ用語や理論枠を共有しているわけではない。本稿では、それらを横断して比較するための分析上の作業概念として、一つの商品について三つの水準を区別する。
商品同一性
市場でその商品が「何として」提示され、認識されるか。商品名、ブランド、パッケージ、植物的外観、分子略号、濃度表示、剤形、合法性説明、分析証明など。
物質同一性
化学分析や植物分析によって明らかになる実際の構成。活性成分、濃度、立体異性体、副生成物、混入物、植物材料など。
法的同一性
法制度上、その物質または商品が何として分類・規制されるか。未規制、指定薬物、麻薬、包括指定、THC残留限度への適合など。
商品同一性とは、市場でその商品が「何として」提示され、認識されるかを構成する要素のまとまりを指す。SPICEであれば、ブランド名、混合ハーブという外観、「お香」としての説明などが商品同一性を構成する。CBDでは「CBD 1000 mg」「フルスペクトラム」「オイル」「電子タバコ用」といった成分名・濃度・剤形の組み合わせが前面に出る。HHC以降には、「HHC」「THCH」「HHCP」などの略号自体が商品名やカテゴリー名のように用いられる例がみられる。
物質同一性とは、化学分析や植物分析によって明らかになる実際の構成を指す。Uchiyama et al. (2010) やOgata et al. (2013) のSPICE研究、Takashina et al. (2020) のCBD研究、Watanabe et al. (2025) の半合成カンナビノイド研究はいずれも、商品表示だけでは物質同一性を確定できない場合があることを示している。
法的同一性とは、法制度上、その物質または商品が何として分類・規制されるかを指す。上村(2002)が報告したように、「合法」と称する商品でも別の法規制に抵触することがある。Kikura-Hanajiri et al. (2014) が扱った包括指定では、個々の商品名ではなく一定の化学構造を持つ物質群に法的カテゴリーが付与される。
この三つは一致することもあれば、ずれることもある。SPICEでは商品名・植物表示と分析された成分が一致しない例があり、CBDや半合成カンナビノイドでも表示成分・濃度・製品タイプと分析結果のずれが報告されている。
分析証明(COA)は、商品として提示される情報と分析された物質組成の対応を示そうとする仕組みの一つである。本稿では暫定的に、商品同一性と物質同一性を接続しようとする信頼形成の装置として捉える。ただし、Kaczor et al. (2024) が示したように、QRコードや分析済み表示があるだけでは、分析対象が当該商品のロットと対応していることまでは保証されない。
10. 研究史から見える全体像と残る課題
先行研究を通覧すると、日本の合法ドラッグ・脱法ドラッグ・危険ドラッグ、そして近年のカンナビノイド商品をめぐる研究は、社会学、分析化学、行政・法、利用者研究、市場・マーケティング研究に分散しながら蓄積されてきた。
1990年代末には「合法ドラッグ」と称する商品そのものが研究対象になり、2000年代初頭には使用者による「合法/ナチュラル/ケミカル」という分類や、5-MeO-DIPTの使用場面が記録された。SPICE以降は、商品表示と実成分の不一致や、製品組成の変化が分析化学によって継続的に追跡された。2010年代には規制前後の構造クラス変化、販売者の適応、利用者の薬物移行が別々の研究方法で観測された。2020年代のCBD・HHC研究では、利用目的、電子タバコとの接続、分子名・濃度表示、半合成、パッケージ、分析証明、表示と実成分の一致・不一致が研究対象に加わっている。
一方、今回確認した研究群では、次の課題はなお十分に整理されていない。
- 1990年代末から2020年代までの商品名、パッケージ、剤形、成分表示、濃度表示を同じ基準で比較する長期時系列研究。
- 合法ドラッグ店、ヘッドショップ、電子タバコ店、CBD販売店、半合成カンナビノイド販売者のあいだの事業者・ブランド・流通経路の連続性。
- CBD、HHC、THCH、HHCPなどの略号を、消費者が科学的物質名、合法性の手掛かり、作用や強さの手掛かり、商品カテゴリーのどれとして理解していたのかを扱う利用者研究。
- 分析証明(COA)や第三者分析表示が、日本市場でいつ、どのように品質・合法性への信頼を示す仕組みとして普及したのかという歴史。
- 同一商品について、商品同一性、物質同一性、法的同一性の一致・不一致を継続的に記録する研究。
これらは「先行研究が存在しない」ことを意味しない。今回確認した研究は、それぞれの断面を詳細に扱っている。残されているのは、それらの断面を同じ商品・同じ時間軸の上で接続して比較する作業である。
おわりに
日本の「合法ドラッグ」からSPICE、CBD、HHCへと視野を広げると、研究対象は単なる化学物質の一覧ではないことが分かる。研究者は、使用者が物質をどう分類するか、商品がどのような名称や外観で流通するか、実際には何が含まれているか、規制後に市場や利用者がどう変化するか、分析や品質をどのように表示するかを、それぞれ異なる方法で調べてきた。
本稿で提示した商品同一性・物質同一性・法的同一性は、これらの研究を横断して読むための整理概念であり、先行研究が共通して採用している既成理論ではない。それでも、この三つを区別すると、SPICEで観測されたブランド・植物表示・実成分のずれ、CBDで観測された含有量・製品タイプ表示と分析値のずれ、HHC以降に観測された分子名表示と実成分のずれを、同じ問いのもとで比較できる。
薬物商品が「何であるか」は、化学構造だけで一義的に決まるわけではない。市場でどう提示されるか、分析すると何が入っているか、法制度が何として扱うかという複数の水準が重なり、その一致と不一致のなかで商品は理解され、規制され、使用されてきた。この点が、分散してきた先行研究を横断して読むことで見えてくる研究史上の共通問題である。
参考文献
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Web公開日:2026-09-11
最終更新日:2026-09-11
本ページは医療情報ではなく、薬物市場・制度・分析をめぐる批評・研究ノートです。薬効、服用、用法、用量、入手方法についての判断は扱いません。